昔から食されてきた大衆魚を紹介します。
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日本人に親しまれている さんま

秋刀魚

 サンマの分布は千島から九州、朝鮮にまでおよぶといわれる。しかし旬のサンマということになると、八月から初冬にかけて、北海道から房州まで南下しつつある魚群を対象としているようである。
 サンマ漁は、北海道で八月中に解禁となるが、二十トン以上の漁船は就業を禁じられている。九月に入ると三十トン未満の船が参加を許され、九月下旬からは完全なる解禁となって、大型漁船がいっせいに出漁のスタートを切る。

 サンマの盛漁期は、魚群が三陸沖へさしかかる十月ごろである。その魚群もいくつかの集団に分れ、先発が金華山沖にさしかかっているのに、後続はずっとおくれて青森県の八戸あたりにいる場合もある。さらに晩秋から初冬にかけて、九十九里から房州へ南下し、やがて寒流の壁を突破して温暖水域に入っていく。

 このように、三陸沿岸は、いまでこそサンマ漁の中心となったが、そのむかし江戸初期のころ、紀州熊野灘でとったのが、サンマ漁の初めだという。それより少しおくれて、房州のサンマ漁がさかんになり、俗に「エビス講サンマ」といわれて、晩秋の味覚を江戸の町々へ送りこんだのである。
 昔のサンマ漁は、巻網といって二隻の船で魚群の一部をとりまく方法であった。その後、流し刺網にかわり、戦前までつづけられたが、現在の集魚灯による棒受網が用いられてからは、刺網はまったく姿を消すにいたった。また漁場が北に移ったことも、漁法の進歩によるところである。
 サンマは十月ごろから、冬に向うにしたがい、だんだん姿が小さくなるといわれる。常識的には、南下しながらエサを食べて大きくなるように考えられるが、この点どうも不思議である。

 サンマの味については大ざっぱにみて、寒流に乗っているサンマには脂肪があるが、温暖水域に出てきたもの(相模湾以西)には、脂肪が少ないというのは事実のようだ。
 人によると紀州のサンマを褒めるが、それは歴史的な本場という意味をとりちがえているのであろう。
 水揚げしたばかり新鮮なサンマは肉がしまっているのでうまい。内臓もサンマの値打であるが、鮮度の良いものは、胆嚢が苦いだけで、胃や肝臓には苦味がなく、むしろあまいくらいだ。それが消費地へ運ばれるうちに、胆嚢がつぶれて内臓全体がほろ苦くなる。棒受網でとれるサンマは、胃袋の中にウロコを飲んでいるから、内臓を食べる人は注意した方がよい。最近では塩づけのサンマはなくなったが、台所をあずかる奥様方で、氷詰めの鮮魚か、冷凍のサンマであるかの区別がつけば、一応のサンマ通といえよう。

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